『彗星旅団』 伊織

 その瓶には手紙が入っていた。いつものように老人が海辺を歩いていると、しっかりと栓と蝋で封じられた瓶が浜辺に打ち上げられていた。産業に乏しい海辺の村には老人を含め漁師を営む数軒の家族が時折訪れる行商人と海の恵みを交換することで静かに暮らしていた。
 老人は先の戦役で物資を運ぶ為の船に乗っていた。漁船で魚を積んだり下ろしたりする生活が輸送で燃料や水を運ぶ生活に、大波や嵐をかわす操舵が、爆撃をかわす操舵に少し変わっただけだ。海の色は、シャリシャリとした鋭い光の破片でいっぱいになる日もあれば、沈んだ鈍色の皺が寄せてばかりの日もあった。
 うす緑色の硝子瓶に入った手紙は漁村の船着き場に面した川の上流から流れついた。春と夏は畑仕事、雨期は毛織物の生産、冬は家具を作る山間の村に住む少年の書いた手紙に、老人は返事を書いてみることにした。郵便は定期的に周遊するよう制御された鳥や甲虫の運ぶ比較的安価な空の便と、行商人に託される高価な地の便があり、老人は空の便を利用することにした。晩夏に書いた手紙は無事に少年の住む村に届き、慌ただしい収穫期を迎えて冬支度を始めた頃に少年はその返事を書いた。
 老人と少年の文通は、そんな風に二人の暮らしに馴染んで溶け込んだ。
 衛星が落下する、というニュースが流れたのは、その二年後である。
 先の戦争で打ち上げられ戦後は民間企業に二束三文で払い下げられ、一部の富裕層の通信用として利用されていた通信衛星と周回軌道上に無数に散らばるデブリを巻き込み、数十年に一度この星に近づく彗星の影響で衝突する確率が高いという。
 少年は老人に手紙を書いた。
 老人も少年に手紙を書いた。
 会いましょう、と。


――続きは本誌でお楽しみください――

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