『明るいところで光る星』 日野 裕太郎

 かろうじて、ヨムサは足に力をこめられた。
 だが連れのコーがへばってしまっている。
 へばった、というのは生易しいかもしれない。疲労のあまり、コーは何度かえづいていた。せめて水分を、と水筒に手をかけたが、残りが心許なく差し出せないでいる。
 どこか休める場所を求め、ヨムサは首を巡らせた。
 ひたすら砂で構成された視界、首をのばすと、すこし先に影ができていた。
「あそこなら休めそうじゃないか?」
 コーに肩を貸し、ヨムサはまっすぐそこに向かった。
 なにかの残骸のような、高さのある石がそこにあった。周囲の砂とおなじ色彩で、ともすれば見落としそうになる。影を発見できてよかった。
 休んでどうなるのか、ヨムサにはまったくわからない。だが身体に力の入らなくなったコーを抱えるようにして、石の影で身を休める。
 影で足を投げ出したコーはすっかり肉が落ち、肌も土気色になっていた。
 やがてコーは身体を横倒しにし、砂にまみれるに任せていた。風が吹き、髪が砂をまぶしたようになる。
 ぐったりしたコーの表情に、ヨムサは妹たちを思い出していた――うつむつくとき、まぶたをこするとき、眉をひそめながらも微笑むとき、それぞれのコーの表情は、ヨムサに妹たちを思い出させた。
 ヨムサの妹であり、コーの姉であった三人は死んでしまった。負った傷が膿んだもの、足場をおろそかにして転落したもの、自らの首に蔓を巻きつけたもの。
 全員がヨムサやコーと血を分けていたのに、もうどこにもいない。
 逝こうとしたとき、逝った亡骸を前にしたとき、いずれもヨムサは言葉がなかった。
 いまコーを前にして、やはりヨムサの舌は凝ったように動かない。
 ヨムサたちは探索者だ。
 三十人ほどの団体で、新天地を求めて旅に出た。故郷を出たとき、末妹のコーはまだ八つだった。十年ほど前だ。そのころはほかにも連れがいて、にぎやかなものだった。
 故郷を発ち、岩をのぼり、切り立った崖に立つ。
 女性陣の足は遅れがちだった。手を貸す男性陣の背に負われた荷は、そのころ潤沢に整えられていた。衣類は清潔で、靴底は欠けず、荷は携帯食でずっしりとしていたのだ。
 その崖の上に立ったとき、故郷を出発して半月ほど経過していた。
 遠望した先、透明度の高い青空に見たことのないかたちの雲があった。眺望に誰もが歓声を上げた。はるか彼方、故郷である都市の全景が望める。真円の都市、中心に向け高い建物が軒を連ねていく景観はすばらしかった。
 爽快感に包まれた一行の眼下、だが故郷が唐突に崩れた。
 遠く離れているというのに、轟然たる終焉の音が一行の耳を聾した。
 がらがらと崩れ、ただの断片となり、故郷だったものがどこかへ落ちていく。
 落ちて、見えなくなる。
 残ったのは、大きな穴だ。
 それが起こるのは、わかっていたことだった。
 故郷のあった一帯、堅牢ともいえる地盤――その大地を地下で支えているという巨大な象が力尽きたのだ。


――続きは本誌でお楽しみください――

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