『ケントと星のコンパス』 R・H・恵賭

 この街の冬は険しく、日中でも冷たい風が雪を氷のつぶてのように吹きおろし、夜となれば万物が寒さのしもべとなりました。
 そんな土地にある孤児院の門前に一人の赤ん坊が捨てられているのを、見まわりの職員が見つけました。つららのぶら下がった鉄の門扉の下に、その赤ん坊は籠にガーゼで包まれただけの姿ですやすやと心地よさそうに眠っています。身元を示す物は何ひとつなく、置いたのを見た者もいません。職員は仕方なく赤ん坊を抱きかかえて建物に戻りました。孤児院に赤ん坊が捨てられるのは決して珍しい光景ではなかったのです。
 ただひとつ変わっていたことがあるとすれば、赤ん坊と一緒に籠に入っていたひとつのコンパスだけでした。

 ケントと名付けられた男の子は孤児院で育ち、やがて十歳の少年になりました。思慮深く優しい子でしたが、それだけに元気が取り柄の同年代の子どもたちとは上手く馴染むことができません。淋しさを隠すようにケントは暇さえあれば形見であるコンパスを眺めて過ごしました。そのコンパスは磁石が弱っているのか真っ直ぐに北を指し示すことなく、一日でおよそ一週、ゆっくりと円を描くのでした。
 その年の夏、子どもたちは見晴らしの良い丘でキャンプをすることになりました。夜になるとかがり火が焚かれ、子どもたちは火を取り囲んでダンスを踊りました。空は雲ひとつなく星が瞬いています。ケントはキャンプに興味もなく、遊び回る子どもたちにも混じることもできず、ただぼんやりとコンパスの針の向く方角だけを眺めていました。
 退屈だとケントは思いました。ですが、そのうちに視線の先にひときわ光り輝く星があるのに気がつきました。その星はどの星よりも温かな橙色の光彩を放っているのです。ケントは他の子たちが疲れて眠りに落ちてもいつまでもその星を眺め続けました。そしてコンパスの針の向きと、その星の動きが、まったく同じであることを発見したのです。

 それからケントは毎晩欠かさずに星に目を注ぎました。ケントの寝台は一番窓際にあり、星を眺めるのに苦労しません。星は曇りの日も、雨の日も変わらず空に瞬いていました。星を見ているだけでケントはなぜか癒やされる気持ちになります。おかげで日中は居眠りすることが多くなり、ますます他の子から距離を置かれるようになりましたが、ケントにとって星が友だちがわりなのでした。

 そうしてケントが橙色の星を見つけてから丸一年が経とうとしたころ、孤児院には新しくヤーヴィルという小さな女の子がやってきました。
 彼女はいつも玄関で座っています。
「いい子にお留守番していたら、次は一緒にお出かけに連れて行ってあげるからね」
 そう言ったのを最後に両親は事故で亡くなってしまったのです。ヤーヴィルは孤児院に来てからも、自分がいい子にしていれば両親が迎えに来てくれると信じて待ち続けていました。彼女は朝から晩までずっと花壇のある脇に座り続け、疲れて眠ってしまうと大人や年長者がそっとベッドに運びました。毎日毎日その繰り返しです。ケントも一人のさみしさを十分すぎるほど知っていたので、彼女をとても可哀相に思いました。
 皆が寝静まったあとに窓のカーテンをそっと開け、ケントはいつものように夜空に浮かぶ橙色の星に語りかけました。
「ねえ、お星さま。ヤーヴィルの悲しみをなんとかしてあげることはできないのかなぁ。僕になにかしてあげられたらいいんだけど」
 ケントにはいったいどうしたらいいのか見当もつかなかったのです。

 すると次の日、ケントに一通の手紙が届きました。中には湖に向かう汽車の切符が二枚入っています。ケントは勇気を出してヤーヴィルを湖に誘いました。いままで彼女に同情してあげる子はいましたが、お出かけに誘った子はいません。ヤーヴィルもお出かけと聞いて大人しく座ってはいられなかったのでしょう、戸惑いながらもケントの誘いを受けました。


――続きは本誌でお楽しみください――

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