『南の空の、冬の三ツ星』 みやの はるか

 どうやって帰ってきたのか、まるで覚えていない。
 気が付いたら、自分の部屋のベッドに身を投げ出して、天井を見つめていた。喪服のままで。

 巽が死んだ。
 知らせを受けたのは、ちょうど一週間前だった。スマートフォンのメールに、葬儀の日時と場所が記されていた。送り主は高校時代の同級生だったが、文面は彼が考えたものではないようだ。本文の下に、さらに引用文があった。一斉送信を繰り返して、俺の元に届いたものらしかった。
 メールを受け取った時、悲しいとかショックだとか、そういった感情は起こらなかった。実感が湧かなかったのだ。まず、二十三歳で死んだという事実自体が信じられなかった。それに、三年間クラスは一緒だったが、特別仲が良かったわけではない。ほとんど話したこともない。そもそも、高校を卒業してから五年、一度も巽とは会っていなかった。
 だいたい、あの脳天気な男が何で死ぬんだ。
 巽の死を信じきれないまま、俺は葬儀場に向かった。

 寒気を感じて、我に返った。暖房もつけずにベッドに飛びこんだのを、今更のように思い出した。
 ネクタイはかろうじて緩めてあるが、コートもスーツも着たままだった。早く脱がなければしわになってしまう、と思いつつも、体はまったく動かない。動こうという気がない。塩はまいてもらったよな、とか、母親に「ただいま」を言ったのか、とか、どうでもいいことばかり気になる。
 下の居間から、がなるような音声と、母親の大きな笑い声が聞こえてくる。テレビのバラエティ番組でも見ているのだろう。いつも目にしている光景だが、今の俺には遠い世界の出来事のように感じる。
 両まぶたがひりひりする。葬儀場でずっと泣いていたのだ。巽の家族はもちろん、他の同級生たちも泣いていた。
 本当に悲しかったのか、それとも場の雰囲気にほだされたのかは分からないが、とにかく涙を流し続けていた。涙が止まらなかった。巽の遺影だけがはじけるように笑っていて、浮いて見えた。
 ふと、天井の星座早見表が目に入った。小学生の頃、父に買ってもらい、部屋の天井に貼った。星座の部分に夜光塗料が塗られていて、暗闇でもぼんやり光る。自分専用のプラネタリウムを見ている気分になれるので、それを眺めながら寝るのが楽しみだった。父と二人で本物の星空を見に行ったこともあった。最近は、星空どころか、昼間の空を見上げることすらしなくなってきたが。
 そういえば、少し前、大人になるかならないかくらいの時期に、誰かと星を見た気がする。父ではない。母でもない。家族以外の誰かと。いったい誰だっただろう。友人はほとんどいないから、可能性は低い。
 なら、学校の同級生か? 大学。心当たりがない。小学校、中学校。同じく。高校。これも同じく。……いや、いた。忘れていた、大事な思い出を。
 見えない力に引き寄せられるように、上半身がはね起きた。その勢いで、ベッドから飛び出す。その行動の意味が、自分でも分からなかった。いや、言葉にならないだけで、何となくは分かっていた。


――続きは本誌でお楽しみください――

inserted by FC2 system